横浜地方裁判所小田原支部 昭和26年(ワ)23号 判決
原告 菊川松太郎
被告 蓑宮建設株式会社 外一名
一、主 文
被告等は、合同して、原告に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和二六年二月一〇日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。
原告のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告等の負担とする。
此の判決は、原告勝訴の部分に限り、原告が執行開始前金額八〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告等は各自金二五〇万円及びこれに対する昭和二五年八月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告等訴訟代理人はいずれも「原告の請求を棄却する。」との判決を求める。
第一、原告の主張
(一)、請求原因
被告蓑宮建設株式会社は、昭和二五年四月五日大橋進一に宛てて、金額二五〇万円、満期同年六月三日、振出地、支払地共に小田原市、支払場所静岡銀行小田原北支店と記載した約束手形一通を振出し、同日被告銀行小田原北支店次長府川好蔵は、支店次長として、右手形に振出人のため保証をした。受取人大橋は被告蓑宮建設の申入によつて、満期に右手形を呈示することを差控えたが、いつまでも支払がなかつたので、同年八月五日被告銀行小田原北支店に対し、支払を求めたところこれに応じなかつた。その後昭和二六年一月一八日になつて、原告は大橋から右手形の裏書譲渡を受け、その所持人となつたものである。よつて本訴に於て、振出人蓑宮建設株式会社及びこれのために保証をした被告銀行に対し、それぞれ右手形金額及びこれに対する昭和二五年八月五日以降完済迄年六分の割合による損害金の支払を求める。
(二)、被告銀行に対する予備的請求
(1) 仮に府川好蔵が被告銀行に代り手形保証をする権限を有しなかつたとしても、被告銀行小田原北支店次長府川好蔵は、商法第四二条第一項の「支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附したる使用人」に該当し、いわゆる表見支配人であるから、被告銀行は府川に対する代理権の制限を以て善意の第三者である大橋又は原告に対抗することができない(同法第三八条第三項)。
(2) 仮に府川好蔵が商法第四二条にいわゆる表見支配人に該当しないとしても、同人は小田原北支店次長として少くとも被告銀行を代理し、預金通帳の発行、銀行小切手の振出等をなす権限を有していたが、大橋又は原告は、府川が本件手形に保証をする権限もあると信じていたのであり、同人等がそう信ずるについては正当の理由があつたものである。蓋し一般に銀行の支店次長は、外部に対し、その名称、資格に於て、当該銀行を代理し種々の取引をなしているのであつて、取引者は支店次長が支店の業務に関する一切の行為をすることができるものと考えており、手形取引は銀行営業の範囲内の行為に属し、殊にその権限の制限は、外部に対し店頭広告又は新聞等によつて公示する方法がとられていないからである。(民法第一一〇条)
いずれにしても被告銀行は、本件手形に保証をしたことの責任を免れることができず、原告に対し右手形金及び損害金の支払をする義務があるものである。
(三)、被告蓑宮建設株式会社の主張(第二の(一))について、
同被告主張の
(1)は否認する。
(2)のうち、本件手形が貸付金の支払を確保するために振出されたものであり、大橋が貸付に際し、同被告主張の如く、その承諾の下に天引をしたことは争わない。しかし右天引金は、前払をうけた利息に外ならず、この支払済の利息のうち、利息制限法に超過する部分を無効とし、同法所定の制限内に引直して計算すべきものではなく、右利息は既に異議なく支払われたものであるから、これに対しては返還の請求はできないと解するのが正当であり、このことは利息が現実に支払われたか、差引計算によつて行われたかにより区別すべきではない。かくて本件の消費貸借は元金二五〇万円弁済期までの利息支払済として成立したものである。
次に同被告の主張する頃金一二万五〇〇〇円の支払のあつたことは認めるが、これは本件手形の満期後一ケ月間の約定利息の一部として異議なく支払われたものであつて、元金に充当せらるべきものではないこと前項の場合と同様である。被告の主張するところは理由がない。
第二、被告等の主張
(一)、被告蓑宮建設株式会社の答弁
被告銀行が本件手形の支払を拒絶したこと、及び原告が大橋から右手形の裏書譲渡をうけたことは不知、その余の原告主張事実を認める。
(1) 本件手形については、昭和二五年六月三日大橋と被告蓑宮建設との間に手形書換の契約が成立し、同日同被告は振出日同年四月三日、金額二五〇万円、満期同年八月一日、振出地、支払地、支払場所いずれも本件手形と同様の大橋宛約束手形一通(甲第二号証)を振出し、同日これを大橋に交付したから、本件手形上の債務は消滅した。
(2) 仮に然らずとしても、被告蓑宮建設は、原告を仲介として大橋から金員を借用するにつきその支払を確保するため、本件手形を振出したのであるが、大橋は貸付に際し、蓑宮建設に対し、月一割の利率で金二五〇万円に対する二ケ月分の利息に相当する金五〇万円を天引することを申入れ、蓑宮建設がこれを承諾した結果、金二〇〇万円だけの交付をうけたものである。右天引金のうち、利息制限法に超過する部分は無効であるから、消費貸借は元金二〇三万三三三三円三三銭、利息年一割期限迄支払済として成立した計算となる。しかして同被告は昭和二五年六月五、六日頃大橋に対し本件手形金中に金一二万五〇〇〇円を支払つたから、前記元金額からこの金額を差引いた金一九〇万八三三三円三三銭を超過する部分については、同被告は支払義務のないことを大橋に対抗しうるのであり、原告はその主張するところによつても、期限後裏書により所持人となつたものであるから、前記事由は、これを以て原告にも対抗しうるものである。
(二)、被告銀行の答弁
原告主張の頃、府川好蔵が被告銀行の小田原北支店次長であつたことは認める。被告銀行が原告主張の手形に保証をしたことは否認する。
その余の原告主張事実は不知。
仮に府川好蔵が、原告主張の如く手形保証をしたとしても、府川は被告銀行を代理してかかる行為をする権限を有しなかつたのであるからその効力は被告銀行に及ばない。なお府川好蔵は支店次長であるに過ぎず、次長は支店の営業の主任者たる支店長に隷属する者で、主任者の次の職を指す職名である。従つて支店次長の行為につき商法第四二条第一項、第三八条を適用することは不当である。
第三、証拠<省略>
三、理 由
第一、被告蓑宮建設株式会社に対する請求
同被告が原告主張の手形を振出したこと、右手形は同被告が原告の仲介により大橋から借受ける金員の支払を確保するために振出されたものであることは当事者間に争がない。
(一)、同被告主張の(一)の(1) について、
成立に争のない甲第一、第二、第四号証、証人小泉豊蔵の証言、原告本人及び被告代表者蓑宮勇次(一部)の供述によれば、被告蓑宮建設は本件手形の満期が来ても手形金の支払をすることができず、代表者蓑宮勇次は会社の会計事務を担当していた小泉豊蔵に、甲第二号証の手形を原告方に持参せしめ、これを本件手形と書換えることによつて弁済の猶予を求めしめた。原告はこれを一応預り大橋に見せ同被告の意嚮を伝えたところ、大橋は甲第二号証の手形が外観上明かに不完全なものであつたところから、被告蓑宮の申出を拒絶し、手形を書換えるためには、支払猶予期間の利息と共に新たに完全な手形を作成して持参するよう要求し、甲第一号証の手形を返還しなかつたことが認められる。この事実によれば、本件手形はいまだ書換えられなかつたこと明白であつて、被告の主張するところは採用できない。
(二)、同被告主張の(一)の(2) について、
被告蓑宮建設は本件金額二五〇万円の手形を振出し、大橋に交付した際大橋は満期迄月一割の割合による利息に相当するものとして、金五〇万円を差引くことを申出で、同被告はこれを承諾した結果、ここに現金二〇〇万円が被告蓑宮建設に交付されたことは当事者間に争がない。月一割の利率(現実に交付された金二〇〇万円を基礎とすれば、月一割二分五厘となる)は利息制限法の制限を著しく超過するものであり、かかる約定利息の支払を裁判上請求することはもとより許されないが、既に異議なく支払われた利息制限法の制限に超過する部分の利息については、ただちにこれを無効とすべきではなく、利息に関する契約が暴利として公序良俗に反すると認められる場合に限つてこれを無効とし、この点に関する同被告の主張を肯定すべきものと考える。しかして本件手形振出の当時右の程度の約定が巷間往々にして行われていたことは公知の事実であり、終戦後の貨幣価値の動揺、不安定、臨時金利調整法の趣旨等に鑑みれば、本件に於てなされた約定は、必ずしも一般金融市場の情況に甚だしく相応しないもの(臨時金利調整法第四条参照)とは云い難い。従つてこれを暴利であるとするためには、更に債務者の窮迫無経験に乗じて搾取が行われたと云うような動機に不法の存する場合でなければならないと謂うべきである。然るに証人金崎信義、小泉豊蔵、原告本人、被告代表者蓑宮勇次の各供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被告蓑宮建設は、本件手形振出の当時財政上窮迫の状態にあり、これを切抜けようとして八方金融の途を講じ、原告にも工事請負代金請求権を担保とすること等で、数回金融を懇請し拒絶された末、銀行保証の手形が出るからと云うことで漸く原告及び大橋を納得せしめ、本件の融資に成功したものであつて、同被告としては現金を握ればよく、高利を意に介していなかつたことが認められるから、本件の約定の動機に債権者側に不法があつたと云うことはできない。本件に於て異議なく差引かれた前記金員は、経済上前払をした利息と見ることができるから消費貸借は金二五〇万円、弁済期まで利息支払済として成立したものと云わなければならない。次に同年六月五、六日頃同被告が大橋に対し金一二万五〇〇〇円の支払をしたことは当事者間に争ないが、右金員は弁済期後の利息として異議なく支払われたものであること弁論の全趣旨によつて明かであるから、この点に関する同被告の主張も亦採用できない。
(三)、しかして、成立に争ない甲第一号証によれば、原告はその主張の如く本件手形を大橋から裏書により取得したことが認められ該手形が原告の手裡にある事実により原告がその所持人であること明かである。従つて原告の同被告に対する手形金額二五〇万円の請求はその理由があるが、その余は昭和二五年八月五日本件手形を呈示したとの主張につき、立証がないから、本件訴状が同被告に送達された日の翌日であること記録上明白な昭和二六年二月一〇日以降完済迄手形金額に対する年六分の割合による損害金の請求に限り、これを認容しその余を棄却すべきである。
第二、被告銀行に対する請求
府川好蔵が本件手形振出の当時被告銀行小田原北支店の次長であつたこと、甲第一号証に顕出された同支店関係部分の記名及び印影が同支店備附のものによつてなされたものであることは当事者間に争なく、証人小泉豊蔵、府川好蔵の証言及び原告本人の供述によれば、甲第一号証はその余の部分についても真正に成立したものと認めることができ、同証によれば、被告蓑宮建設株式会社は昭和二五年四月五日原告主張の約束手形一通を振出し、同日府川好蔵は右支店の次長と云う資格で、右手形面上に被告銀行に代り、被告蓑宮建設のために支払保証をしたことが認められる。そこで右支払保証の被告銀行に対する効力いかんについて考える。
(一)、証人府川好蔵、原野谷泰治の各証言、同証言によつて成立を認める乙第二号証の一、二によれば、被告銀行小田原北支店には支店長の下に、支店次長をおいているが、支店次長府川好蔵は被告銀行に代つて手形保証をする権限を有しなかつたことが認められる。
(二)、原告主張の(二)の(1) について、
商法第四二条にいう「支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附したる使用人」とは、当該営業所における首長の名称を有するものだけを指し、従つて支店長は主任者であるが、支店長のある限り、支店次長又は支店長代理は主任者ではないと解すべきである。蓋し、同条は民法の表見代理の規定に対する特則として設けられたものであり、同条により保護をうけえられない取引の相手方は、なお民法第一〇九条以下によつて保護されるのであるから、これを広く解釈する必要はなく、次長又は代理と云う語自体からその上席者のあることが明かであつて、相手方に取引上不測の損害を与える虞はないと云えるからである。従つて支店次長府川好蔵が保証をしたからといつて、商法第四二条により被告銀行に対し責任を問うことはできない。
(三)、原告主張の(二)の(2) について、
証人原野谷泰治、府川好蔵の証言、前示乙第二号証の一、二によれば、府川好蔵は被告銀行小田原北支店次長として、支店長を補佐し又は代理し、次長の名で預金通帳の発行、自己宛小切手の振出等の権限を有していたことが認められる。しかして支店次長に手形保証の権限が与えられていないことは前記の通りであるから、府川が支店次長として本件手形に保証をしたことは、その権限を超えたものであること明かではあるが、この代理権の制限は被告銀行の内部規程によるものであり、又乙第一号証、第二号証の三乃至六は、いずれも被告銀行の内部又は他の銀行に対しなされた通知であつて、これ等の文書によつては、決して右制限は一般に知られたものということはできず、他に大橋又は原告が右代理権の制限を知つていたと云う立証(前示証人小泉豊蔵及び石川徳次の証言中原告は本件手形振出の前に府川に面接したとの部分はこれを信用しない)は、なされていないから、大橋又は原告は、府川が支店次長として手形保証をする権限があるものと信じていたものと謂うべきである。しかして前記原野谷の証言及び乙第二号証の一、二によれば、被告銀行では、支店により支店次長に対し、前示権限の外他行宛小切手の振出、取立委任裏書、荷為替の割引等の権限をも与えていることがわかり、経験上支店次長は支店長代理より上席者であると認められる。そして銀行の支店長は取締役若は支配人でなくとも、当該支店の一切の行務を処理し、特別の事情のない限り、該支店の営業に関する行為、殊に手形取引に関しては、銀行を代理する権限を有するものと一般に考えられているのであるから、その代理者であり、前示権限を有する支店次長に手形保証の権限があると信ずるのも当然ということができる。殊に本件に於ては、甲第一号証の手形に顕出された同支店関係部分の記名及び印影が、同支店備附のものによつてなされたものであることは前認定の通りであるから、以上諸般の事情から見て、府川が手形保証をなした当時、大橋又は原告は、府川にその権限があると信ずるにつき、正当の理由があつたものと認めるのを相当とする。この認定は、商人の営利活動が商業使用人によつて拡大され、活溌化されている反面、取引の安全が特に顧慮せられる要望に合致するものと考える。被告銀行は府川のなした本件保証につき、その責に任じなければならない。
(四)、しかして前記第一の(三)に於て認定した事実は、被告銀行に対する原告の請求についても、これを認めることができる。(但し甲第一号証の成立については前認定の如くであり、訴状の送達も、被告蓑宮建設と同日になされていること記録上明白である)から、被告銀行は、被告蓑宮建設株式会社と合同して、原告に対し、手形金額二五〇万円及びこれに対する昭和二十六年二月一〇日から完済迄年六分の割合による損害金の支払をなす義務があり、この範囲に於て原告の請求はその理由があると謂うべきである。
よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき、同法第一九六条を各適用し、主文の通り判決をする次第である。
(裁判官 三淵乾太郎)